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Only you can free yourself.

25歳のゲイが自由になるまでのブログ

なぜ僕がブログを始めたのか、思い出した

昔のこと ブログ運営

高校1年の夏、個人面談で担任からとんでもない提案を受けた。

 

「東大を目指さないか」

 

僕は大学名に全く詳しくなくて、東大かーすごい大学なんだろうなあーくらいの気持ちだった。だから、断れない性格も災いして、安易に了承してしまった。

 

 

正直なところ、僕はまったくクラスに馴染めていなかった。自分がゲイであることは14歳の頃から分かっていて、私立の進学校に進めば仲間が見つかるかもしれないと期待していた。でも、実際にはクラスはつまらなくて仲間なんて見つからなかった。

幸い、クラスには2種類あって、いわゆるホームルームのクラスと、勉強のためのクラスがあった。勉強のためのクラスは能力別クラスという名前で、英語・国語・数学の3つのクラス分けが為されていた。最初のクラス分けは、入学時の振り分けテストの結果で決まるんだけど、僕は英語と国語で1番目の、数学で2番目のクラスだった。全部で9つのクラスがあることを考えると、なかなか良い滑り出しだったと思う。しかも、頭の良い理数科と、僕の所属する普通科が混ざってのクラス分けだったから、1・2番目のクラスなんて理数科の頭のいい奴らばっかりだった。

だから、帰りの会や修学旅行や運動会を行うホームルームクラスには、僕はあまり関心がなかったし、常に浮いている感じがしていた。でも、それでも良かった。親も教師もそして自分自身も、能力別クラスで頑張れば大丈夫、という心持ちだった。

 

僕は正直、高校の頃の楽しい記憶があまりない。ホームルームのクラスは3年間クラス替えがなく、同じメンツだったにも関わらず、思い入れというものが殆ど無い。

一番強烈な記憶は、定期テストのあの緊張感だ。1年に4回テストがあって、その結果の出来不出来により、能力別クラスで上のクラスに昇格したり、下のクラスに転落したりする。いつもノートを借りてばかりで宿題をやってなかったあいつが案の定、下のクラスに落ちる。努力家でいつも小テストで満点を取っていたあの人が報われて上のクラスに上がる。賛否両論あるシステムだったけど、今思えばちょっとした社会の縮図だ。人生の早い段階で競争に晒されたことは、長い目で見れば僕の人生にとってはよかったのかもしれない。

ただし僕は「東大志望の◯◯君」だ。英語と国語のクラスで1位をキープしなければいけなかったし、数学のクラスはなんとしても1位を目指さなければいけなかった。

学年には3桁の人数の生徒がいたんだけど、上位100人のテスト結果は公開される。定期テストが終わって数日が経つと、ホームルームの帰りの会で生徒リストが配られる。優秀な生徒の名前と点数と学年内偏差値がずらーっとならんだその紙が、僕の価値を規定する唯一の尺度だった気がする。

 

そんな緊張感の中、僕は次第に落ちこぼれていく。

決定的だったのは高校3年の春。理数科・普通科に加えて、中高一貫の生徒が参入してくる。高校組と、中高一貫組の別扱いは高校2年まで。お互い全く面識がなかった2つの世界が、大学受験の年に混ざり合う。僕の優位性はすっかり薄まってしまった。中高一貫の生徒は圧倒的に優秀で、勉強に対する姿勢が違った。それに、彼らはなんだか汚れていない気がした。上手く言えないんだけど、将来をまっすぐ見据えていて、そのための手段として勉強が、つまり大学進学がある、という見方を持っていたように思う。「将来はお父さんのように貿易会社で働きたいから、貿易方面に強い◯◯大学に行くんだ」みたいなことを平気で言う生徒たちだった。先生との約束を果たすために、そして体面を保つために勉強していた自分とは、根本が違うと感じた。かと言って、普通科の生徒なんてほとんど将来が見えていない。せいぜいどのくらいの偏差値の大学に行きたいか、あるいは行けるのかくらいだ。平凡などこにでもいる受験生だ。

そんな2つの世界の間で、僕は疲れていってしまった。能力別クラスに行けば優秀な生徒に圧倒されたし、ホームルームクラスに行けば漂う生ぬるい空気に辟易した。

 

そして高校3年の最初の定期テスト。初めてクラス落ちした。

たぶん妥当なポジションに流れただけなんだと思う。流入してきた優秀な中高一貫の生徒が、1番上のクラスの席を取った。僕は相対的に押し出された。至極当然だ。

それでも、僕がクラス落ちしたという事実に、ホームルームクラスがざわついた。高校1年・2年で必死で勉強せずに、いまだに受験モードに入れていないクラスメートに何が分かるんだろうと思った。悔しくてたまらないと同時に、そりゃあそうだよなーという納得感もあった。自分の勉強の限界が見えていた。

その頃、通学路を変えた。クラスに馴染めていないなりにも、帰る方向が一緒のクラスメートたちと同じバスに乗っていた。とは言え、愛想笑いして必死で話を合わせていただけなんだけど。その頃になるとそれさえ苦痛になって、一人で帰るようになった。

 

そんな僕をちょっとだけ楽にさせてくれたのがこのブログだった。

 

オレノカレシ GT - FC2 BLOG パスワード認証

 

今では閉鎖されてしまって、入ることはできなくなってしまっているけど。

東京で売り専をするゲイの方が書いていた。仕事の話を書いているかというとそんなことはなく、BL本をレビューするという趣旨だった。彼は売り専をしているくらいだから、体がバキバキのマッチョで、ガンガン指名が入っていたらしきことが察せられたんだけど、そんな方がBLに萌えるというピュアなギャップにやられてしまった。マイルドなシモネタや笑えるネコ画像が散りばめられていて、面白い人なんだろうなーと思っていた。毎回笑わせてもらったし、時たま投稿されるシリアスな人生話にはドキドキした。

 

当時の僕はまだ自分がゲイであることに戸惑っていて、どう生きていけばいいか全く見えていなかった。そんな自分にとって、オレノカレシブログさんは新鮮で刺激的だった。それだけが唯一、僕がゲイであることについて暖かく包んでくれた。勉強ばかりでまったく中身がない自分だったけど、ちょっとずつ、東京は面白そうだなあと思い始めていた。

 

 

結論から言うと、東大には入れなかった。

胃を痛めながら受けたセンター試験の結果、東大は見事に足切り水準以下。その他、優秀な国立大学も厳しかった。

上智も慶応もダメで、ギリギリ早稲田には受かった。合格発表を見たとき、僕の肩に重くのしかかっていた何かが、3年越しに降りた気がした。ホッとした。まあ、これなら及第点かなと思った。誰も文句を言わなかったし、僕ももう競争から降りたい気分だった。浪人して、東大にリベンジ!なんて気には到底なれなかった。

 

そして、実のところ高校3年はそれなりに楽しかった。

ホームルームも能力別クラスも忘れて、知り合い程度の人ができた。

まず中高一貫のAくん。彼は東大志望で優秀だった。友達が多くて、人当たりが良くて、ああ育ちが良い人というのはこういう人のことを言うのだろうなあと思った。彼は自分が優秀であることを知っていたし、僕が優秀ではないことも知っていた。だから、僕が分からないことを的確に教えてくれたし、一緒に頑張っていこうと言ってくれた。残念ながら、現役で東大に受かることはなかった。浪人していると聞いたけど、その後のことは分からない。それでも、彼のことだからきっとどこかで大活躍しているんだろうなあと思う。

それから、理数科のKくん。彼もまた育ちが良かった。卒業後も交流があって、僕を講演会に連れて行ってくれた。講演会に刺激を受けたKくんは、慶応大学からアメリカのアイビーリーグの大学に編入してしまった。本当に優秀な人の行動力はすごい。

あとは、女子部のKさんとも仲良くなった。よく一緒に授業を受けていたし、話が合った。そういえば、一緒に過去問を買いに行ったり、夏休みには図書館で勉強していた気がする。

ちなみに、KくんとKさんにはカミングアウトしていた。

 

3人とも、高校3年に上がって初めて出会った人たちだ。そして、それまで勉強を頑張って、上位クラスをキープしていたからこそ出会えた人たちだ。東大には入れなかったけど、勉強したのは無駄ではなかったんだなあと、今更ながらに思えた。

今いる環境や接している人たちに納得がいかない時って誰しもあると思う。そんな時、個人の努力と行動次第で1つ上の世界に行けるのだと僕は学んだ。

 

それなりに辛い高校生活だったけど、確実に今につながる時間だったなと。改めて思い出した。

 

高校を卒業した後も、ブログにはお世話になる。

 

理系サラリーマンが綴る音楽レビュー。

 

hogeisendan.blog63.fc2.com

 

淡々とした飾り気のない文章に僕は惹かれた。1人の人間が歩んできた人生と、そして醸成された仕事観。それを大好きな音楽と絡めるスタイルは大人っぽくてクールだった。

 

ブログ名は伏せるけど、ゲイの方が書かれた日記ブログ。そういや以前、以下の記事で書いたっけ。

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

上京直後の苦しい時期にお世話になった。

最期の文章で、病気とLGBTへの理解が深まることを願っていて、最後まで他人想いの優しい人だった。

 

 

思い返してみれば、僕はいくつかのブログにお世話になってきた。

そして、今日みたいに、記憶や想いを書くためにブログを始めたんだった。いや、明示的にそう書いたことはないんだけど、熱い文章を書きたいという気持ちは、ブログを始める以前からあった。

社会人2年目も折り返し地点。忙しい毎日だけど、時々はこういう記事を書けるといいな。

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