読書日記です。
「霧に橋を架ける」という小説を読みました。キジ・ジョンスンという作家さんによるSF短編集です。
SFと聞くと壮大な設定や、夢中になってしまう世界観というイメージですが、この本はもっと落ち着いています。あまり大仰な設定はなく、それよりもむしろ人の気持ちや感情がうまく描かれているなと感じました。
表題作の「霧に橋をかける」は、アーシュラ・K・ルグインの「ハイニッシュユニバース」シリーズを彷彿とさせました。巻き起こる出来事よりも、現地の人々の生活や感情にフォーカスしています。文化人類学的なテイストとでも言うべきでしょうか。
表題作も良かったのですが、「蜜蜂の川の流れる先で」が本当に良かったです。心がギュッとしてしまったので感想を書きます。
主人公は女性で、相棒の老犬と一緒に車で旅をしています。
ところが、「蜂の河」に足止めにあってしまいます。文字通り、河のように、大群の蜂が絶え間なく飛んでいるのです。
現地ではあまり珍しいことではないようで、地元の警察が交通封鎖をしています。ところが1台の先を急ぐ車両がありました。蜂の河を横断しようと試みるのですが、失敗してしまいます。
そこで主人公は好奇心をそそられて、「河口」を目指すことにするのです。いったい河口には何があるのか、どうなっているのか。
と書くとアドベンチャーのようですが、あまり冒険感はありません。道中、何度も車を降りて休憩するのですが、そこである描写があります。老衰した相棒の犬が死の淵に面してしまうのです。ぐったりとして、今にも死にそうな相棒。そこで主人公は悲痛な想いをいだきながらも、「永遠に生きて」と心の中で願うのです。
そして旅に終わりが訪れます。主人公は無事に河口にたどり着くことができたのです。
河口には「女王蜂」がいました。人間の女性の見た目をした女王蜂は、人間から預かった猫を携えていました。彼女は不思議なチカラを持っており、死にかけていた猫を復活させたのです。
そこで主人公は女王蜂と対話をして、相棒である老犬を引き渡すことに決めました。ただし、引き渡してしまうと2度と会うことはできないという約束付きで。
女王蜂に触れた老犬は、たちまち元気になり舌を出しながら嬉しそうに走り回りました。そんな元気になった相棒を見て、主人公はまた願うのです。
「永遠に生きて」
女王蜂と老犬は霧の中に消えていき、この短編は終わります。
いいですね。
蜂は花粉を運ぶ虫であり、花と言えば春です。この春の雰囲気がお話全体を包み込んでいるようで、暖かい幻想的な印象を作り出しています。
そんな雰囲気の中で、いくつかの出来事が起こります。
自然界の不思議な現象、死に面する愛犬、異界との出会い、超常の力を持ったもの、愛するものの再生、永遠の別れ。
良かったのは、変化の対象が動物だったことですね。
人間には意思があって、もし人間が永遠の命を望むとしたら、そこにはどこか欲の匂いがしてしまいます。けれど、動物には人間のような意思はない。
主人公はただ純粋に相棒を愛していて、その生命が尊かった。何も知らない動物が人の愛を受けて、死の淵から生還して永遠の命を得る。
「永遠に生きて」という、シンプルだけど強い願い。決して犬はその気持ちを理解することはないんだけど、再び与えられた命のおかげでまた走り出すことができました。
純粋なものへの愛ってこんな綺麗なんだと思いました。
自分はこんな気持ちになったことはあるだろうか。何かや誰かに「永遠に生きて」と思ったことは、まだ無いかもしれない。
実家の犬はまだ元気だし、家族や友人も元気な人ばかり。そう願う日はまだ遠そうです。
「霧に橋をかける」、正直「捨て作」もあったけど、いい本でした。特に「蜜蜂の川の流れる先で」は思いがけず心が掴まれてしまいました。オススメです。