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ちょっとマジメなゲイが書くブログ

光の執着・闇の執着

2018年の訃報と言えば、なんと言ってもル・グインの死だ。aviciiも捨てがたいけど、やっぱりル・グインがこの世を去ってしまったことは僕をとても寂しい気持ちにさせた。

 

ル・グインと言えば、ゲド戦記の原作者として有名かもしれない。

残念ながら僕はゲド戦記を読んでいない。ジブリの映画も見ていない。僕が初めて読んだル・グインの作品は「闇の左手」だ。高校生の頃、修学旅行のバスの中で読んだのを覚えている。背表紙に刻印された「闇の左手」というおどろおどろしいタイトルは、担任の教師を少しだけ不安にさせたかもしれない。

「闇の左手」というのは、シリーズ物の1つだ。ハイニッシュ・ユニバースというリンク物の作品の1つ。

 

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))

 

『所有せざる人々』や『闇の左手』といったSF作品は《ハイニッシュ・サイクル》(en) と呼ばれる未来史に属している(その舞台となる世界を「ハイニッシュ・ユニバース」と呼ぶ)。「エクーメン」と呼ばれる組織によってゆるやかに結ばれた未来の銀河規模の文明を描いたものである。個々の惑星の結びつきは緩やかであり、そのためそれぞれ異なる文化を保持している。『闇の左手』や『言の葉の樹』は、異星に派遣された特使のカルチャーショックと異文化の接触の結果を扱っている。

アーシュラ・K・ル=グウィン - Wikipedia

 

文化人類学者であるル・グインが創る世界はとてもリアル。異次元に生きる人々の生活や文化への丁寧な描写は、高校生だった僕を圧倒的に没入させた。

 

最近、アンディ・ウィアーの「アルテミス」を読んだんだけど、残念ながらル・グインのような没入感は得られなかった。アンディ・ウィアーは映画「オデッセイ」の原作者なんだけども、新作である「アルテミス」は少し中途半端な出来になってしまったかもしれない。評価をつけるなら星3.2。面白かったけど、自信を持って人に薦められるほどではなかった。ただ、映画化は決定しているようで原作を読んでから映画を観たいという人には一読の価値はあるかも。

 

アルテミス(上) (ハヤカワ文庫SF)

アルテミス(上) (ハヤカワ文庫SF)

 

人類初の月面都市アルテミス──直径500メートルのスペースに建造された5つのドームに2000人の住民が生活するこの都市で、合法/非合法の品物を運ぶポーターとして暮らす女性ジャズ・バシャラは、大物実業家のトロンドから謎の仕事の依頼を受ける。それは都市の未来を左右する陰謀へと繋がっていた……。『火星の人』で極限状態のサバイバルを描いた作者が、舞台を月に移してハリウッド映画さながらの展開で描く第二作。

 

アルテミスでは化学的な記述が多くて、それはオデッセイ(原作名: 火星の人)では功を奏したのかもしれないけど、僕はもっと文化人類学的な描写があれば良かったと思っている。複数あるコロニーの性格の違いとか、そこで暮らしている人たちの生活描写がもっとあればなぁと個人的には惜しい気持ち。

 

「闇の左手」では両性具有の人々が登場するんだけど、彼らの生殖サイクルまできちんと説明されている。それは当時高校生だった僕に、SFというジャンルの新しい扉を開いてくれたような気がする。タイトルの「闇の左手」というのは実は「光」のことを表している。闇の左手、光の右手。要は相補的・対照的な関係ってことだ。

 

他に、世の中の対照的な関係と言えば、「愛情」と「依存」があるかもしれない。最近、自分の中の「依存」を強烈に意識することがあったのでそれについて書いてしまう(前置きが長い)。

 

 

僕は自分の作った読書会というサークルが好きだ。そこには紛れもない愛情がある。

だけど先日、読書会のメンバーとのご飯の後に酔っ払って死ぬほど号泣した。そう、(26歳成人男性が)死ぬほど号泣した。

 

酔っ払ってあまり覚えてないんだけど、号泣したのは覚えていた。家に帰ってから始まったのか?はたまた帰り道だったのか。

心配になって、LINEで聞いてみたところ、2丁目のストリートからガッツリ炸裂していたらしい(ヤバイ)。そこで誰かがタクシーを呼んでくれて、コンビニでお水を買ってくれて、部屋の中でまで面倒を看てくれたらしい…。

 

翌日聞いた話によると、いかに読書会が好きか、メンバーに感謝しているかを泣きながら吐露していたらしい。なんて面倒くさい人!

最後まで面倒を看てくれた人が、後日みんなの前で笑い話にしてくれて本当に救われた。

 

例え酔っ払ったとしても、ほとんどの大人は2丁目の表通りでわんわん泣くという大学生のゲイみたいなことはしない。いや、大学生のゲイでもそんなこと滅多にしない。大学生さんごめんなさい。

ここに自分の依存がある。読書会というのは欠かすことの出来ない基盤の1つになってしまった。もし無くなってしまったら精神が大きく揺らぐことが予測される。

 

愛情というのはいくら無料配布しても困ることは無いけど、依存の方は、まともに居場所感を継続させていくなら自分の方で処理をしておく必要がある。読書会はとても大事だし、最近では彼氏との時間も楽しいけど、人生の最小単位は1人なんだということを肝に銘じたい。基本的には自分の脚で立つ。長い目で見ればそれが人の肩に寄りかかる動機を純化させるのだということを、読書会の大人の方々から学んでいる。

 

愛情も依存も、両者の源泉は「執着」なんだよなぁと感じている。光の執着・闇の執着だ(やや強引なル・グインとのこじつけ)。

僕は自分の執着が闇落ちして依存にならないように気をつける必要がある。もし依存になりそうなら、紙の日記でも更新して落ち着くことだ。

執着がどんな因果で愛情になるのか、あるいは依存に転化するのかは良く分かっていない。それは自分の人生で研究していきたいテーマだ。きっと今年の目標として掲げた「人格を良くする」と根底で繋がっていそうだ。

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

(今にして思えばちょっとヤバげなタイトルだ…。)

 

とにかく、僕はこの執着を飼いならしたい。

連休は遊びも大切にしたいけど、1人で考える時間もしっかり取りたい。