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ちょっとマジメなゲイが書くブログ

ゲイの居場所とは何なのか(1)

ゲイの読書会を設立して半年以上が経った。イベントの開催回数は10回を超えた。

 

gays-who-read.herokuapp.com

 

本を読むゲイの会の理念は至ってシンプル。

  1. 本を読むこと
  2. 本の感想をシェアすること
  3. 文化系のゲイの居場所を提供すること

これらの3つの理念は設立当初から持ち続けてきたものだし、メンバーにも共有されていると思う。

特に1と2については既にある程度は実現できていると思う。

「普段は読まない本を読めた」

「本を読む習慣がついた」

「人の感想を聞けて面白い」

そういった良いフィードバックをもらえている。後は、手法についてヒアリングをして試行錯誤をしてブラッシュアップしていくのみだと思っている。

 

一方で、3の居場所についてはどうだろうか。

複数の人からは「読書会で居場所感を持てている」という感想を貰った。それは僕自身も感じていることだし、素直に嬉しい。だけど、皆そう感じてくれているんだろうか。

居場所というのは主観的なもので、数値化が難しい。個々人が勝手に感じるものだから、僕は「小さな政府」的に場所を提供しさえすれば良いのかなと考えていたんだけど。少なくとも、どれほどの居場所感を持ってくれているのか、もっと居場所感を持てるためにはどういった改善ポイントがあるのかをヒアリングするべきかもと思い直した。

 

じゃあ、ヒアリングを実施する前に、そもそも居場所とは何なのか。そしてゲイにとっての、あるいは文化系のゲイにとっての居場所とは何なのか。

 

wikipedia(出典: 広辞苑)によると、居場所の定義とは。

居場所(いばしょ)とは、居るところ、また、座るところのことであり、自分が存在する場所のことである。自分の持っている能力を一番発揮できる分野を指すこともある。

居場所 - Wikipedia

 

案外シンプルだった。能力に関しての言及は予想外だったし、心に関する言葉ではないのだということが意外だった。ちなみに他の出典も似たり寄ったり。

 

ここで少し考えてみると「文化系の」という前置きは要らない気がしてきた。「読書会」で「文化系のゲイの居場所を提供する」というのは重複感がある。会の活動として「本を読んで、本の感想を話す」ということをやっているのだから、そこには「文化系」の要素は既にある。それに「文化系のゲイ」でなくとも、本を読んで感想をシェアできるなら参加が可能であるべきだと思う。

僕が読書会を作った動機の1つが「存在していなかったから」というのがある。ゲイのサークルというと、草野球・バレー・楽団あたりは目にすれど、読書をキーにしたゲイのサークルは無かった。少なくともネットで調べた限りでは。

そういう意味で「文化系の」という前置きをしたんだけど、今にして思えば不要だったかもしれない。

 

ということは「読書会」が「ゲイの居場所を提供する」とはつまり、

本を読み、本の感想をシェアすること

を通じて、

男性同性愛者

に対して、

居るところ、また、座るところのことであり、自分が存在する場所のこと、あるいは自分の持っている能力を一番発揮できる分野を

提供する。ということになりそう。

読書会のメンバーが「能力を一番発揮できている」かどうかは置いておいて、供給サイドとしてはもう実現できている…?

 

これが僕が本当に実現したかったこと?

その意図はもっと「参加した人が笑顔になる」とか「参加者にとって友だちづくりの場になる」とかそういうことじゃなかったっけ?

結果的には運良くそういうことは実現できているけど、長い目で見たら、きちんと理念や規約に盛り込んだ方が良い。でも、そういうことを明文化するのは難しい…。

 

ということで、やはりメンバーへのヒアリングはしておこうと思った次第でした。

ブログ記事としては結論のない中途半端なものになってしまったけど、ここらで。続報書きます。

 

ちなみに、Googleで「ゲイ 居場所」と検索すると読書会のサイトが2番目にヒットする。(2018/01/05 時点)

これは応募が多かったのも納得。だからこそ、もっと「ゲイの居場所」ということについて熟考していきたい。