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第157回直木賞受賞「月の満ち欠け」を読んだ

2017年度直木賞を受賞した「月の満ち欠け」を読んだので書評を。

 


「月の満ち欠け」というタイトルは、物語の中で明かされるように人の生まれ変わりを表している。この小説では1人の女性の生まれ変わりを軸に据えているんだけど、彼女は3度の生まれ変わりを経て最愛の男性と再会を果たす。

 

小説の書き出しは現代、東京のカフェから始まる。テーブルには3人の役者。1人は主人公。もう2人は母親と娘。娘は3度目の生まれ変わりを果たした「瑠璃」という女性で、母親は事情を完全に理解している。3人は瑠璃の最愛の男性である三角(みすみ)という男性が現れるのを待っているという構図。

この時点で瑠璃と三角は再会を果たしていて、物語は主人公への解説という形で展開していく。主人公は、瑠璃が1度目の生まれ変わりを果たした時の父親で、物語の一部分にしか関わっていなかった。

カフェでの会話があり、過去の回想が始まる。回想が終わると、またカフェの会話、そしてまた回想といった構想。瑠璃という少女が生まれ変わりの張本人であることは明らかなんだけど、彼女が辿ってきた過去が驚くほどの没入感を伴って回想という形で詳らかにされていく。この回想がまたすごい。最初にこの現代→回想→現代…という構図が見えた時、正直なところ疲労感があった。早く先に進みたいから、回想パートは冗長に感じてしまった。でもそんな疲労感はすぐに忘れ去られてしまう。特に、生まれ変わる前の瑠璃と三角のパートは凄い。高田馬場のレンタルビデオ屋で働いていた三角。気まぐれに立ち寄った瑠璃。幾度かの再会を経て、深みにハマっていく二人。数十年前の時代の匂いが確かに感じられる描写力。そして瑠璃が突然の死を遂げて回想が一段落。ここで読者は一気に現代パートへと引き戻されてしまう。そしてまた回想が始まる予感に、先刻とは全く違う感情が湧いていることに気がつく。

 

「もっと浸っていたい」

 

この作者がコンパクトに実現させてしまう世界観に没入したい。そしてその世界観は生まれ変わりという軸を保ちつつ、少しずつ全容を見せていく。

瑠璃の決して幸せではなかった結婚時代の回想。瑠璃を失って、堕ち、だけどまた這い上がってくる元夫の半生。

「点」である一つ一つの濃密な回想が、瑠璃の生まれ変わりという軸に沿って「線」になって行く様は見事。そうして幾度かの「問わず語り」を経て、物語は終局を迎える。線で結ばれた先にある瑠璃と三角の再会が読者にもたらす感慨たるや…!

 

ただし上述の通り、瑠璃と三角は物語の主人公ではないので、ここでどれだけ感動できるかは読者の読解力に依存しているような気もしてしまった。3度の生まれ変わりの中ですれ違う瑠璃と三角の様子はたしかに、もっと強く描かれてもいいかもしれないと思った。最初の生まれ変わりで瑠璃は三角に電話をかける。自分が生まれ変わりを果たしてまた再会したいことを伝えると、三角からは「それで?」と冷たくあしらわれてしまう。いくら年月が経っているからって、ちょっと冷酷すぎじゃないの…と引いてしまった。そんな三角が3度目の生まれ変わりでは再会を受け入れたんだけど、その心象の変化があまり理解できなかった。

 

だけど「月の満ち欠け」は単なる「時と命を越えたラブストーリー」なんて陳腐なものではなくて(映画化されたらそうなりそうだけど)、その過程で描かれる「問わず語り」の圧倒的な没入感・現実感が「売り」なのだと思ったし、文芸界の賞を冠するに値する作品なのだと納得感があった。