Only you can free yourself.

ちょっとマジメなゲイが書くブログ

ふつうのゲイなんていない

以下の記事に共感した。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

このブログは僕が更新を楽しみにしているブログの1つ。このブログはきっとそのうち書籍化されるんだろうなという予感を持っているんだけど、ついに共感して記事を書くまでに至ってしまった。

 

 


 

自分がモテないゲイだと自覚したのは、大学1年の頃だったと思う。

大学のLGBTサークルに参加して、周りとの違いをまざまざと見せつけられてしまった。同期のゲイは2丁目に飛び出すことにためらいが無く、行ったら行ったで何かしらの「楽しいこと」に出会うような人たちだった。当然、サークル内で付き合い始める人もいたんだけど、僕はついにその恩恵に預かることは無かった。

それが僕のゲイとしてのデビュー。自分はノリが悪くて、話がヘタで、全くモテるタイプでは無いのだと、楽しいはずだった大学生活で自覚させられてしまった。

 

それ以降、僕はゲイ界隈というものに全く納得ができないまま今に至っている。

 

例えばサークルの会場として利用しているフリースペースがある。それは2丁目の中にあって、基本的には誰でも使える。

フリースペースの壁には大量のフライヤーが貼られている。モデルの露出が少ない「一般」のフライヤーもあれば、そうでないものもある。

 

純粋に「なぜ」と思う。当然のように掲げられているエロティックなチラシ・フライヤー・ポスター。

もはやゲイであることは性行為とイコールではない。ゲイを隠しながら社会的には女性と関係を持って、限定された時間・場所で男と関わりを持つ。そんな旧習を踏襲する必要はもう無いと思うんだけど。

性行為やセクシュアルなことは、ゲイであることの一部分でしか無い。

 

だから違和感がある。性的なものを当然のように前面に押し出して、そして見た目偏向な2丁目やゲイ界隈にはずっと違和感がある。そのことに無自覚になったら終わりだと思いながら過ごしている。

もちろん、それが辿ってきた歴史は理解しているつもりだし、即座に切り替わることはできない。僕は今が過渡期だと信じて、自分の過ごしやすい時代が来ることを待っている。

もっと包括的な、ゲイであることの全てを前提としたような街・場所・コミュニティが増えることを願っている。

 

そしてその一助となればいいなと思って、このブログを書いている。

 

これは冒頭の記事からの引用。 

語弊があるかもしれないけど、同性愛者の人たちって、この本に書かれているような綺麗な人生を歩んでいるのだろうか? 

ボクの知っている同性愛者の人たちは、本に書かれていたような明るくて前向きな人生を歩んでいる人はいない。同性愛者って……もっと人には言えないような隠された部分が沢山あるものだと思った。

残念ながら「ボクの彼氏はどこにいる」は未読だ。

だけどこの作者は出版をして議員になるくらいだから、この時代にマッチしているんだろうなと思う。羨ましい限りだ。

 

だけど卑屈になったら終わりだ。この世にふつうのゲイなんていない。たまに「ふつうのゲイ」であることを自称して活動している人を見かけるけど、僕からすればどこが普通なんだろうと思ってしまう。

そういう現代における「ふつうのゲイ」に違和感があるのなら、主張し続けるしかない。こんなゲイもいるんだという事を、なんとかして伝え続けるしかない。

 

重ね重ねになってしまうけど、そう言った理由で僕はブログを書いています。そして決して個々人の生き方を否定するつもりはなく、そこに偏りがあるということを強く感じています。