Only you can free yourself.

ちょっとマジメなゲイが書くブログ

孤独に襲われた時

ゲイブログのお仲間さんが記事を書いていた。

 

takahashi-blog.hatenablog.jp

 

この方は1996年生まれということで、僕より年齢が5つ下みたい。

自分が21歳の時は所属していたLGBTサークルを去った頃で、非常に大きな孤独感に苛まれていた。それでなくとも、その1, 2年後くらいまでは訳もなく孤独に襲われていた気がする。

 

そんな頃に始めたのが、日記を書くこと。

とにかく書く。とりとめが無くてもいいから湧き出てくる感情を書く。ブログと違って誰かに見られるわけではないから、怒り・憎しみ・妬みみたいな負の感情でもOK。

そして書いていると思わぬ感情の発露が起こる。自分の中にこんな感情が潜んでいたのか、と思わぬ発見があったりする。

 

そうして書き終えた時、あれほど悩まされていた孤独がすっかり和らいでしまったのを僕は何度も体験してきた。

そして副作用として日記は残る。また孤独に苛まれた時に、「書く」以外に「読み返す」という新しい武器を手にしていることに気づく。

 

孤独を感じるのは「点の上に生きている」時が多い。「今」感じている感情や「今」置かれている状況が全てだと勘違いして、必要以上に苦しめられているとしたらそれは損だ。

実際の人生というのは、生と死という「線の上に生きること」なのだから、過去と未来という要因も意識するべきだと思う。過去にあったことを思い出して、あるいは未来の理想を意識して、そうして今日を生きるエネルギーをもらえることは多々ある。

点の上に生きていると容易に感情に流される。僕は常に線の上に生きていることを忘れないように心がけていて、日記をそのための補助輪にしている。

 

と5年歳上からのしがないアドバイスでした。何かの参考になれば幸いです。

まあ向き不向きがあるから、全く効果が無い人もいるかもしれないけどねw

 

 

f:id:chuck0523:20171017004144j:image

 僕が過去3, 4年間の間に書いてきた日記たち

「二つの祖国(一)」を読んだ

山崎豊子さんの「二つの祖国」の第一巻を読んだので、手短に感想を。

 

 

本を購入した経緯は、歴史っぽいテイストのあるマジメな小説を読みたいという気持ちだったからだと記憶している。

そして恥ずかしながら、山崎豊子さんが「白い巨塔」を始めとする数々の小説を執筆された方なのだと今更ながらに認識できた。

 

「二つの祖国」はそんな大作家の後期の作品になる。

 

あらすじ。

アメリカに生まれ、アメリカ人として育てられた日系二世たち。しかし日米開戦は彼らに、残酷極まりない問いを突きつけた。アメリカ人として生きるべきか、それとも日本人として生きるべきなのか――。ロサンゼルスの邦字新聞「加州新報」の記者天羽賢治とその家族の運命を通して、戦争の嵐によって身を二つに裂かれながらも、真の祖国を探し求めた日系米人の悲劇を描く大河巨編!

 

まず初めに、とにかく文章が読みやすい。とても35年前の小説だと思えず、今年書かれたと言われても信じてしまうくらいの読みやすさ。

時代小説だから逆に色あせていない面はあるかもしれないと思った。

 

時代小説と言っても、史実…!と言った硬い感じは全く無く、あらすじの通り小説として普通に楽しめる。だけど、あくまで歴史の中で起こった現実の世界をベースにしているので、虚構を通して史実を追体験しているような気持ちになってしまった。

 

二つの祖国を読む以前は、僕の歴史認識はとても浅かったかもしれない。確かにアメリカには戦前から日本人がいて、二世の日系アメリカ人がいて、そしてその血脈は現在に継がれている。

だけどこの小説が教えてくれたことは、現実はもっと多層だったということだ。

 

小説の中で主人公は、日系アメリカ人という設定になっている。日本人の両親を持ち、だけどアメリカで生まれて、アメリカの国籍を持つ。少しだけ特殊なのは、両親の教育方針で10代を日本で過ごしたという点だ。

そして物語は、日本にルーツを持つ多種多様な人間たちが、戦中に湧き上がった反日感情という圧力のもので、否が応でも追いやられてしまうことで展開する。強制収容所に集められた日系人たちはとても一枚岩ではなく、様々な軋轢が生まれる。

主人公の両親は渡米して商売を営み、それでもなお、日本に感情を置いている。そのような人たちは、アメリカの日系人強制収容所の中でさえ、密かに日本のラジオを受信して、日本が勝戦することを切望している。正直な所、僕にはそんな気持ちが理解できなかった。多分、信頼のベースが国家単位ではなく個人単位の世代として生きている為かもしれない。

一方で、全くのアメリカ寄りの人間もいる。というか、アメリカで生まれてアメリカの国籍を持っている人間にとっては、その状況は屈辱以外の何物でもないらしい。

 

強制収容所の中で互いに軍国主義、アメリカの犬と嘲笑し合う状況が描かれる中で、主人公は中立の立場に留まろうとあがく。

「ではあなたはアメリカ合衆国に忠誠を誓えますね」

「アメリカ国籍を持つ日系二世の私が、日本人の子孫であるという理由だけで逮捕され、この軍キャンプに入れられたことはショックです…。そしてこの軍キャンプで、民間捕虜として、毎朝、星条旗を見上げる気持ちはどんなものか、到底、お解りいただけないでしょう…。忠誠を問われたり、試されたりすることなく、一つの国、一つの旗に忠誠を示すことが出来れば、どんなに幸せなことかと思います」

このアメリカ兵士との問答からは、主人公のとても気丈で真っ直ぐな性格と、 戸惑いが読み取れる。

 

実際に、新聞社で働いていた主人公は以下のようなそれなりに確立された視点を社説で掲載した。

国籍の如何にかかわらず、何千年もの間、われわれの祖先が培い、築き上げた”日本”は、われわれの心の中に厳然として存在している。しかし、だからといって、現在、われわれが生活しているアメリカにおける義務を果たさなくてよいという理由はない。一個のりっぱな市民としての義務を果たすことは即ち、良き日本人であり、良きアメリカ市民であることと矛盾しない。良き日本人たろうと努力することが、りっぱなアメリカ市民たり得るのだ。

 

さらに物語の後半では、ハワイから日系人がやってくる。ここでもまた対立がある。同じ日系人でも、本州とハワイでは日本に対する感情の温度差は全く違っていた。なにせ彼らはパール・ハーバーへの攻撃を非常に近い距離で体験している。彼らにとって、パール・ハーバーの報復に燃えることがアメリカへの貢献になるというのが非常に胸に突き刺さった。

 

個人的な話になるけど、僕にはハワイ出身が同僚がいて、彼もまた日本の血が入っているので、どうもこの小説とリンクしてしまった。

 

二つの祖国は全部で4巻まである。

早く続きが読みたい!気になる!というタイプのお話ではないけど、主人公が戦時下のアメリカでどのような生涯を送っていくのか、最後まで見届けたい。折を見て続きを読んでみようと思う。

 

遊んで働いて、働いて遊んで

仕事が佳境を迎えている。

3年続いた僕らのプロジェクトがひとまずの区切りに到達しつつある。

 

僕がこの会社、というよりチームに加入したのは5ヶ月前。とても良い時期に加入できたと思う。そして今月、3年の歳月が投じられたシステムが社内にリリースされる。

 

最近は毎日忙しかった。

社内の至る所からフィードバックが舞い込んできて、それを消化するのに必死だった。難しい・楽しいという感じる間もなく、ただ時間が圧倒的に早く過ぎ去っていく。

 

こういう風に書くと、燃え尽き症候群にならないのかと思われそうだけど、今のところ大丈夫。

僕のその理由を「良い会社だから」とか「仕事が楽しいから」と考えていたんだけど、それだけではない気がし始めている。

どうやら「遊び」が果たしている役割は小さくない。

 

僕は今年の頭に2ヶ月間台湾に行っていて、まあフラフラとしていた。

最近では読書会を開催して、本について話したり、単純に飲み食べに行ったりしている。同好の士ってやつだ。

 

そういう風に遊んでいると、そろそろ仕事するか…という気持ちになる。

 

だけど仕事ばかりしていると飽きる。

だから仕事に飽きないために遊ぶのだと思った。少なくとも仕事をしていると安心できる。スキルがつくし、職歴が厚くなるし、何より手軽に所属感が得られる。

 

そして遊んでいると楽しい。遊びの貯金が尽きないようにしたい。

 

そういう風に両輪を回しながら、人間として成熟していったらいいなとか考えている。

「自分に自信が無いのは、人生で能動的な選択をしてこなかったから」

またテレフォン人生相談の神回を見つけてしまった。

 


本来の欲を出さず我慢してると不安だらけの人生になる!マドモアゼル&勝野洋!人生相談

 

30代にもなって自分に自信が無く、人と比べてしまうという相談。

回答者はマドモアゼル愛先生。

 

まず、マドモアゼル愛先生は相談者の現状について整理する。

あなたが甘えられると思った人に対しては、あなたは自分の不幸の原因を相手との関係の中に求める以外になくなってしまう。

あらゆる人間関係も深くなった時点で壊れるようになってしまうよね。

 

「自分の不幸の原因を相手との関係の中に求める」

こんなにも簡潔で鋭敏な分析を、全く嫌味なく相手に伝えられるマドモアゼル愛先生…やっぱり凄い。

 

次にそうなってしまった原因へと話が展開する。

マドモアゼル愛先生は家庭環境を疑う。誰かに精神的な病理を植え付けられたのではないかと。

相談者はあっさりと「違います。両親との関係は良好です」と返答。

 

それに対して、マドモアゼル愛先生はあっさりと、

じゃあ答えは簡単。

あなたが育った自己否定の原因は何かと言うと、何一つ能動的に行ったことがないということ。

リスクを張って、何か自分から率先して「私はこうします」ということが一回でもあったらこういう考え方にはならない。

 

正直な欲が大切なんです。

 

相談者は全くの同意。

ただし、自分の欲が分からないと言う。それに対してもマドモアゼル愛先生は、

 

違う。なぜ分からなくなったか分かる?

本当に欲しかったものを、やりたかったことを、詭弁を使って、諦めて人生の方向を決めたことがあるんですよ。

 

本当は私はこんな人生を送るはずじゃなかったって、どこかで思ってると思うんだよね。

 

こういう人いるよね。

一回り以上も歳上なのに、常に自信が無さそうにしている人。やりたいことが無いとか、分からないとか、確かに言っているような気がする。

逆にやりたいことをやっている人や、能動的に頭を使って生きている人は一緒にいて楽しいし、こういう人ともっと過ごしたいなと思う。

 

職場の不機嫌な人、嫌だよねえ

ゲイブログ仲間のアクアさんが近況について書いていた。

 

aquablue1704.hatenablog.com

 

ここ数日、女店長に振り回されっぱなしでした。

 

厄介な女店長がいることは以前の記事からも察せられた。

 

①店長の気分でお店のルールが毎日変わる

②昼ピーク後はどこかにいなくなる(前からそうらしい)

➂シフト作成が遅い(前日まで連絡なし)

④当日無断欠勤    等々

 

いやあ、酷いね。

メンタルの弱い自分なら、1週間と経たずにギブアップしていると思う。

 

アクアさんは仕事をこなしつつ転職活動に精を出しているので、ある面では強い人なんだよなーと勝手に失礼な感想を持ってしまう。

 

この記事を読んでいて、自分にもこんな過去があったなあと思い出したから書いてみる。

 

 

学生の頃に熱帯魚屋でバイトをしていた。

結果から言うと、人間関係がキツくて3ヶ月だか6ヶ月だかで辞めてしまった。

 

仕事内容自体はキツくなく、むしろ楽しい方だったと思う。何しろお客さんはワクワクしながら買い物に来るんだから。

だけど、人間関係がキツイと全てが台無しになる。苦手な同僚の影響で暗い表情になってしまって、その顔のまま接客をして、結果としてクレームをもらう…みたいな悪循環が起こる。

当時は飲食店、というか牛丼屋でバイトをしていて熱帯魚屋のバイトは掛け持ちバイトだった。申し訳ないけど、僕がバイトをしていた牛丼屋の客層は決して良くなかった。ストレス解消のために定期的に来店する客とかいたしね。

それでも、熱帯魚屋に比べたらよっぽど長く働き続けることができた。牛丼屋の同僚のおばちゃん達はいつも明るくて、僕はいつも元気をもらえた。食券を投げて寄越すようなオッサン客にも丁寧に対応して、でも裏では「嫌になっちゃうよねーw」とか自虐風に笑い飛ばしているのを見て、僕はある意味での強さというか柔軟性を学べた気がする。

一方で、熱帯魚はキツかったね。特に、気分屋の女性がいて僕は生理的なレベルでの苦手感があった。

休憩中はタバコと週刊漫画雑誌にどっぷり。古株の馴染みの同僚とはフランクに接するのに、1度嫌いになった新人にはとことん冷たい。僕を含めて。正直な所、僕はその人と顔を合わすのも嫌だった。その人と会うのだと思っただけで、前の晩に眠れなくなった。というよりも、そういう人を許容して、そういう人が当然のように働いている職場そのものが嫌だったんだけど。

 

今思えば、彼女は「職人気質」な人だったのかもしれない。不器用で、仲良くなるまでに時間がかかる人だったのかもしれない。それに当時の僕は身なりに全く気を使わず、コミュニケーション力は圧倒的に低かったのだから、こっちにも落ち度があったのかもしれない。(だったら面接で落としてくれたら良かったのに…と思わないでも無いけど)

 

でも、アクアさんの記事から察せられる女店長は中々に凄そう…。僕の過去のケースとは比べ物にならない。

ちょっとナイーブな考え方かもしれないけど、職場でイライラしている人はそれだけで罪だと僕は思う。周りの人間に気を使わせて、気弱な人の発言力を奪って、職場を腐らせていく存在。不機嫌ハラスメントという考えがもっと浸透してほしい。理想論かもしれないけど、同じ職場で働く同僚として、お互いに気持ち良く働けるように振る舞うのは仕事の一部だと思う。

そういうことができない人が野放しになっている職場からは自分は逃げると思うし、若い人や知り合いには絶対にオススメできない。

 

「どんな職場にも性格の悪い人はいるから」

 

それは嘘だよ。僕は2度の転職を経て、身をもって確信した。

 

とは言いつつ、色々な人生があるし、性格って中々直せないから、自分が移動するしか無いんだよなあと諦めにも似た想いもある。

 

アクアさんが、気の使える優しい人で構成される職場を早く見つけられますように。と年下ながら生意気にも引用記事を書いてしまいました。