Only you can free yourself.

ちょっとマジメなゲイが書くブログ

「深夜高速」

日曜日。読書会の友人と新宿御苑でピクニック。レジャーシートの上でお菓子をつまみながら次回の課題本を読んだ。それからマルイの屋上でお茶をした。スタバでコーヒーを買って、屋上庭園でおしゃべり。デパートというのは僕にとって縁遠い場所なので、まさか屋上にこんな素敵スポットがあったなんて…。まだまだ知らない場所がある。

夕方に解散したけど、帰りがけに思い出横丁に立ち寄った。ビールともつ煮で乾杯。

 

それから帰宅して即寝落ち。午前3時に目が覚めた。

ベランダに出てタバコを吸うと、寝静まった新宿と中野の町並みが見渡せた。目下建設中の敷地が見える。西新宿5丁目の再開発が始まると、この景色も変わってしまうのだなと思いながら、先程の夢の内容を反芻する。

 

不思議な夢を見た。

僕は九州にいた。地図アプリを見ながら、次はどこに行こうかと考えている。スマホの電池が減っていたので、カバンの中の充電器の存在を確認している。良かった。ちゃんと持ってきている。どこかで充電しよう。そんな風に考えている。

多分旅をしていたのだと思う。場所はどこだって良くて、どこか知らない土地に行きたいという思いの現れのような夢だった。

 

懐かしいな。去年、2ヶ月間、台湾にいたんだった。これは紛れもない現実で、僕は本当に自由だった。

その日目が覚めて、果たすべき義務なんて何もない。どこに行き、何を食べ、誰と会うのか、全てが自由だった。

 

学生の頃、社会人になったら旅なんて行けないよと聞いたけど、それは半分嘘だと思う。別に会社を辞めればいいだけの話だ。貯蓄を作っておく必要はあるけど。

ローンの支払、親の介護、病気の療養。そう言った義務が無いのなら、僕らはいつだってそれなりの自由な時間を作ることができる。

 

夜の街を見下ろしながら、遠くに行きたいなと思った。もし車があれば。夜中にいつだって遠くに行ける。

東京に住む同年代の友人と話すと、車なんて要らない派が多数。僕も基本的にはそう思うんだけど。少し前の世代の人達はマイカー所有に憧れを抱いていたようで。いつでも遠くに行ける「足」を持っているなんて、僕は羨ましくなってしまった。

 

会社から帰ってきてすぐに寝て、午前2時頃に起きる。そして車に乗って遠くへ行く。夜明けが好きじゃないから、陽が登る前に帰ってくる。そんな冒険を時々挟んだら、人生はまた違ったものになりそうだ。

そして高速では、ベタだけどフラワーカンパニーの「深夜高速」を聴きたい。

 


深夜高速 / フラワーカンパニーズ

 

良い曲だから知らない人は聴いてみて。

彼氏と妹と2丁目へ

先日妹が泊まりに来たんだんけど、その時に2つの約束をした。

僕が今付き合っている人を紹介することと、妹が行きたがっている二丁目に連れて行ってあげること。昨日ようやくそれを実現できたので書く。

 

土曜の18時に新宿三丁目駅で待ち合わせ。新宿にあまり来ない妹はさっそく迷ってしまったらしく、なんと新宿公園にたどり着いてしまったらしい。導かれるようにして2丁目のど真ん中まで闊歩した妹…。とても幸先が良い。

 

それからビギナー御用達のココロカフェへ。

 

twitter.com

 

たまに無性に食べたくなる、ココロカフェの大盛りタコライスを注文。カクテルを飲みながら、基本的な自己紹介。僕が仲介する必要なんて無く、社交的な妹と、人当たりの良い彼氏が会話を進めてくれる。

 

せっかくの2丁目デビューをココロカフェだけで終えてしまうのは味気ないので、とあるゲイバーへ向かった。悪口を書くので具体的な店名は書かないけどw、割と名の知れたゲイバー。店主が著名人なので、そこなら安心かなーと思った。彼氏と妹と3人で二丁目に来るというとってもセンシティブな会。もうね、ベテランの店員さんにしっかりと楽しませてほしかった。

ところが…!店員さんは2人とも年下。圧倒的年下。そして正直に言うと、そんなに話が面白くなかった…w 読書会の皆の方がよっぽどウィットに富んだおもしろトークをしてくれるよ…。

だけど常連のオジサマはそんな年下店員にも「まあ世間てそんなもんだからさー」みたいに諭していて、若さを慈しむタイプのバーなのかもしれなかった。

あと、店員が妹のことを「おま○こ」 とか呼び始めて、そんな同サロみたいなノリを現実に持ち込む人がいるのかとドン引きした。

 

それからお客さんが増えてきて(良かったね)、店員さんが忙しくなってしまって22時頃にひっそりと退店した(なんだかんだ長居した)。

 

今回訪れたバーは、友達探しだとか単純に飲んで話したいという場合には良いかもしれない。けれど今回みたいな場合にはきちんと「観光バー」と呼ばれている場所に行くべきだったなーと反省。初めての2丁目デビューの割には、まったりとした刺激の少ないものになってしまったかもしれない。

1:3:1の法則

高校の先生から教えられた「1:3:1の法則」について書いてみる。

 

高校2年の時に文化祭の実行委員を押し付けられた任せられたんだけど、それが中々うまく行かなかった。そもそも文化祭への熱量がある人なんてほとんどいなかったし、当時の僕には人徳なんてものは全く無かった。

そんな様子を見かねた先生は「1:3:1の法則」について教えてくれた。

 

何か集まりやイベントを運営する時、参加者は3種類に分けられる。その比率が1:3:1という話だ。

 

1つ目が「協力者」として、運営を手伝ってくれる人たち。積極的に手を貸してくれて、意見を言ってくれるのはこの人達。こういう人達の存在は本当に貴重で、彼らを引きつけ続ける為の努力を惜しんではいけない。

2つ目が「傍観者」タイプ。何かを期待して暖簾をくぐるけど、基本的にはずっと椅子に座っていて、楽しい事が起こるのを待っている人たち。風向きが悪くなってくると、気づいたら別の場所に行ってしまう。それが良いとか悪いとかではなく、そういう人たちがいるという話。「全員が仲良く・楽しめる」というモットーにしてしまうと、傍観者タイプの人たちに過度に期待することになり、お互いが疲れてしまう。1:3:1の内の3を占めるこの人達には、ちょっと偉そうな言い方になるけど「場所と機会は提供するので楽しんでね」くらいのスタンスが丁度良いらしい。

そして3つ目が「妨害者」タイプ。性格や考え方が人とはちょっと違っていて、足を引っ張らずにはいられないタイプの人達。故意かどうかは関係なく、世の中にはそういう性質の人がいるという話。もし紛れ込んでしまったなら、心理的なエネルギーの殆どを費やすことになる。彼らは自爆していくのでスルーが定石なんだけど、もし度を越すようなら引導を渡す覚悟を決めておくこと。それが運営者の一番大きな仕事らしい。

 

それが僕の教わった「1:3:1の法則」。正直な所、正確な比率は忘れてしまった。1:4:1だったかもしれない。いや、1:5:1だったかも。要は、構成員の性質を何となく見分けて、関わり方を変えていくと楽になるよという話だと認識した。

もちろん、この区分が完全に当てはまるわけではない。傍観者だと思ってた人が、協力者へと変わっていくこともある。そして協力者の皮を被った妨害者もいる。

 

高校の文化祭は結局、微妙な感じで終わってしまったけど、この考え方はずっと頭の中にある。今思えば、随分と粋なことを教えてくれたもんだなぁ。

 

さて、何故こんなことを書くに至ったかと言うと、ゲイブロガーのうにょ (id:unyoblog)さんから以前LINEでメッセージをもらったからだ。彼のブログ記事を引用してみる。

 

チャックさんのを真似して読書会など、僕は個人的なゲイの居場所を作りたいと思っている

ゲイであることと両立させる - うにょの日記

 

そう、彼は居場所を作ろうとしている。そのヒントというか、気を付けていることがあったら教えてほしいという感じのメッセージだった。

残念ながら予定が合わずに直接会えずにいるんだけど、せっかくだから1つ書いてみようと思った。自分の備忘録も兼ねて。

 

読書会を作った頃、「1:3:1の法則」をすごく意識していたっけ。まだ見ぬ協力者にワクワクしたり、やってくるかもしれない妨害者タイプの人達に怯えてた。(主催者が妨害者なんて書くと参加者に失礼だとか思われそうだけど、僕にとっては読書会が続いていくことが第一義で、協力者タイプの人と傍観者タイプの人が楽しんでくれればそれで良いので。NPOやボランティア団体じゃないしね)

 

サークルやイベントをするのに、少しは役に立つかもしれない「1:3:1の法則」の紹介でした。

きっと全てを理解するだろう

仕事がつまらなくなってきたという話を書いた。

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

定例報告を終えて、デスクに戻る。

緊急の仕事は無く、自分のペースで仕事をする。同僚とコーヒーを買いに行き、雑談をする。夕方には手持ち無沙汰になって、少しぼーっとする。

 

これでいいのか…?これが大企業の働き方…?

体裁を気にせずに書いてしまうと、つまらないなと感じる。

 

2度の転職を経て、小企業→中企業→大企業と変遷してきたけど、転職する度に暇になっていった。

やることが無いと辛い。自分の腕が鈍っていく音が聞こえるような気さえする。

 

プログラミングの仕事は楽しいし、向いていると思う。だから単純に、今いる環境に慣れてしまったという話だ。

それに、システム開発において「つまらない」というのはある意味良いことだ。システムが安定稼働していて、大規模な修繕が無いというのは理想のような話だ。

 

だけど、アクションを取ってしまった。

LinkedInで自分のステータスを「良い求人には興味ある」から「求人にはオープン」へと変更してしまった。翌日、リクルーターへのメッセージが急増した。

 

それが一昨日のこと。そして昨日、テックリード(プログラマを統括する人)から個人チャットが来た。

 

最近仕事どう? 

 

ドキッとした。なんというタイミング。

このブログを読んでいるのか…?!いや、友だちも付き合っている人も、両親も読んでいるブログだから、可能性はゼロではない…。

 

まあ、楽しくやっていますよ 

 

無難な返事をする。

それから、キャリアパスについての話になった。僕がチームの中でどういうポジションになっていきたいのかということ。

彼は僕が「新しい言語を触ってみたい」とか「イケてるツールを使ってみたい」と思っていたらしい。うん、確かに少し前まではそうだった。面接でもそんな話をしたかもしれない。

駆け出しのプログラマだった頃は、新しいものにとにかく飛びついていたっけ。それがクールな開発者だと思っていた。

 

でも、今は志向が変わってきた。今いる部署は比較的大きい。社長直下のプロジェクトを担当している。扱っているデータも大きいし、対応するべき問題も多い。

僕はそれが楽しい。使っている言語やフレームワークに関わらず、実際のシステム開発で起きる問題への対処を学びたい。

 

大量のトラフィックをどう捌くのか。大容量のデータファイルをどう扱うのか。予期せぬエラーをどのように捕捉して、我々開発者に通知するのか…等々。

 

そういった旨のことを伝えた。

フィリピンでコンピューターサイエンスの学位を取り、開発者としての歴が長い彼は少し関心したようだった。

 

I think I get it. It's a software engineer path. The real one

Software engineering as a discipline is deep. If you fully understand what's happening inside the machine, you'll understand everything and will be able to switch to any specialization 

There are many developers but few software engineers

Fine choice btw.

(やや原文修正済み)

 

分かった。それはソフトウェアエンジニアとしてのキャリアパスだ。本物のキャリアだ。

ソフトウェア工学の分野はとても深遠で、もし君が機械の中で何が起きているのかを完全に理解したのなら、きっと全てを理解するようになるだろう。そうなれば、どんな専門分野へも転身できる。

開発者は多くいれど、ソフトウェアエンジニアは数少ない。

良い選択だね。

 

僕がLinkedInのステータスを変更したことを、彼は気づいていたのだろうか。やはり上位の開発者は、思慮深くて僕の想像を超えてくる。

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

ずるい。僕は簡単な人間だから、簡単に焚きつけれらてしまう。

「きっと全てを理解するようになるだろう。」って、超かっこいいじゃん。

 

僕はこっそりとLinkedInのステータスを差し戻した。

人生を楽しむのが下手だから

昼寝があまり好きではない。昼寝から起きた時の気分は最悪。特に、平日の仕事終わり。疲れすぎた体をベッドに沈めるように寝落ちする時がある(それはもはや昼寝ではないかもしれないけど)。12時前後に目が覚めた時の、あの感覚は本当に最悪だ。それがまさしく今なんだけど。

 

「賢者タイム」という言葉があるけど、昼寝から覚めた時って賢者タイムの比ではないくらい全てがどうでもよくなる。心の防波堤が吹き飛んでしまって、いつもは考えてないようなことにまで思考が及んでしまう。

自分は東京で一体何をやっているのだろう。プログラマという仕事でいつまで食っていけるのだろう。いったい何の為に生きているのか(ヤバイ)。

 

今日も元気に遅刻した。一度会社内のジムに寄って、ロッカーにカバンを押し込んでからデスクへと向かった。カバンを持ったまま遅刻・登場するのは「本日、私は遅刻しました」と堂々と宣言しているようなもの。手ブラで登場することによって「あの人、定時からいたのかな?ちょっと離席していただけかな」と思わせることができる。遅刻常習犯の朝は忙しい(何を言ってるんだ)。

 

仕事自体は楽しい。最近、身に覚えが無いOutOfMemoryエラーが頻発していた。僕らが採用しているプログラミング言語のメジャーアップデートに、Memoryエラー関連のバグ修正が含まれていたので、いっそのこと言語更新をしようということになった。それが僕の今週のタスク。なんとか今日、やり終えることができた。

達成感がすごい。簡単なタスクではなかったけど、これまで経験をフルに活用して、乗り切ることが出来た。自分、偉い!と褒めてあげるけど、肉体的な疲労はまた別の話。

帰宅して即、爆睡した。

 

明日もまた出社だ。昼寝したとは言え、明日に備えて早く眠らなくてはいけない(ブログを書いている場合じゃない!)。これは少なくないプレッシャーとして僕の精神を圧迫している。

テレフォン人生相談のこの回は、僕のプレッシャーを少なからず和らげてくれた。

 


【TEL人生相談】職場は仕事をするところ、人間関係なんか

 

復職にするにあたって不安だという相談内容。回答者は我らが三石先生。

 

眠れなくなったらどうしようってアナタ言ったじゃない。眠れなくなったら眠らなきゃ良いんですよ。

眠らないで病気になったり苦しくなったりするじゃない。そしたら、最終的に辞めるっていう決断あるわけですよ。辞めたって死なないんですよ。

 

靴履く時にさ、この家に帰ってくるんだと。帰ってくれば大丈夫なんだということをさ、自己暗示みたいに、自分の幸せとか、自分の土台を確認する必要があると思うんだよね。

 

それから、今井先生の回答。

 

職場で大切なことは仕事することなんです。人間関係はどうでもいい。そこは腹をくくってそう思ったほうが良い。

先のことって考えたってどうしようもない。

 

少し前にこの回の動画を見つけて、だいぶ気持ちが楽になった。

 

でも、現実は違うよね。僕以外の人は割と元気に快活に働いているように見える。笑顔で同僚とランチをして、話しかけられた時には感じ良く返事をしている。タフだよね〜。同僚は良い人ばかりだけど、毎日ニコニコと話すほどには僕は余裕がない。

僕は仕事に夢中になって、疲れて、人間関係に割くエネルギーが枯れてしまっている。最近はさっさと定時で帰る。単純に体力が無いのかもしれない。

それと、三石先生の言葉を借りれば、「自分の土台」みたいななのが薄弱なのかもしれない。

 

以前の読書会の課題本が、よしもとばななの「ゆめみるハワイ」だった。

 

 

この本はエッセイで、ハワイでのゆるふわな生活を描いたもの。読んでいる最中は「吉本隆明の娘として生まれた時点で、ハワイでのんびりと暮らすぐらいのことは約束されているよな〜」と斜めから読んでいた(圧倒的な僻み)。

でも時間が経った今、何か心に訴えかけてくるものがある。多分作者は人生を楽しむことが上手いのだと思う。そこには純粋な憧れと尊敬がある。ハワイでの丁寧な生活なんて誰もが手に入れられるものではないけど、例えば日常の中で自炊を凝る人も好きだ。週末に何をするのかしっかりと計画する人も尊敬する。

 

読書会は居場所感はあるけど、日常生活に浸透しているような自分の土台ではない。

まずは、自分ひとりで自分の生活を楽しめるようになる必要がある。特に平日の過ごし方だよね。長い人生を送っていくなら、そうやって自分の土台を作っていく必要があると感じている。基本的に僕は人生を楽しむのが下手なので。