Only you can free yourself.

ちょっとマジメなゲイが書くブログ

職場の不機嫌な人、嫌だよねえ

ゲイブログ仲間のアクアさんが近況について書いていた。

 

aquablue1704.hatenablog.com

 

ここ数日、女店長に振り回されっぱなしでした。

 

厄介な女店長がいることは以前の記事からも察せられた。

 

①店長の気分でお店のルールが毎日変わる

②昼ピーク後はどこかにいなくなる(前からそうらしい)

➂シフト作成が遅い(前日まで連絡なし)

④当日無断欠勤    等々

 

いやあ、酷いね。

メンタルの弱い自分なら、1週間と経たずにギブアップしていると思う。

 

アクアさんは仕事をこなしつつ転職活動に精を出しているので、ある面では強い人なんだよなーと勝手に失礼な感想を持ってしまう。

 

この記事を読んでいて、自分にもこんな過去があったなあと思い出したから書いてみる。

 

 

学生の頃に熱帯魚屋でバイトをしていた。

結果から言うと、人間関係がキツくて3ヶ月だか6ヶ月だかで辞めてしまった。

 

仕事内容自体はキツくなく、むしろ楽しい方だったと思う。何しろお客さんはワクワクしながら買い物に来るんだから。

だけど、人間関係がキツイと全てが台無しになる。苦手な同僚の影響で暗い表情になってしまって、その顔のまま接客をして、結果としてクレームをもらう…みたいな悪循環が起こる。

当時は飲食店、というか牛丼屋でバイトをしていて熱帯魚屋のバイトは掛け持ちバイトだった。申し訳ないけど、僕がバイトをしていた牛丼屋の客層は決して良くなかった。ストレス解消のために定期的に来店する客とかいたしね。

それでも、熱帯魚屋に比べたらよっぽど長く働き続けることができた。牛丼屋の同僚のおばちゃん達はいつも明るくて、僕はいつも元気をもらえた。食券を投げて寄越すようなオッサン客にも丁寧に対応して、でも裏では「嫌になっちゃうよねーw」とか自虐風に笑い飛ばしているのを見て、僕はある意味での強さというか柔軟性を学べた気がする。

一方で、熱帯魚はキツかったね。特に、気分屋の女性がいて僕は生理的なレベルでの苦手感があった。

休憩中はタバコと週刊漫画雑誌にどっぷり。古株の馴染みの同僚とはフランクに接するのに、1度嫌いになった新人にはとことん冷たい。僕を含めて。正直な所、僕はその人と顔を合わすのも嫌だった。その人と会うのだと思っただけで、前の晩に眠れなくなった。というよりも、そういう人を許容して、そういう人が当然のように働いている職場そのものが嫌だったんだけど。

 

今思えば、彼女は「職人気質」な人だったのかもしれない。不器用で、仲良くなるまでに時間がかかる人だったのかもしれない。それに当時の僕は身なりに全く気を使わず、コミュニケーション力は圧倒的に低かったのだから、こっちにも落ち度があったのかもしれない。(だったら面接で落としてくれたら良かったのに…と思わないでも無いけど)

 

でも、アクアさんの記事から察せられる女店長は中々に凄そう…。僕の過去のケースとは比べ物にならない。

ちょっとナイーブな考え方かもしれないけど、職場でイライラしている人はそれだけで罪だと僕は思う。周りの人間に気を使わせて、気弱な人の発言力を奪って、職場を腐らせていく存在。不機嫌ハラスメントという考えがもっと浸透してほしい。理想論かもしれないけど、同じ職場で働く同僚として、お互いに気持ち良く働けるように振る舞うのは仕事の一部だと思う。

そういうことができない人が野放しになっている職場からは自分は逃げると思うし、若い人や知り合いには絶対にオススメできない。

 

「どんな職場にも性格の悪い人はいるから」

 

それは嘘だよ。僕は2度の転職を経て、身をもって確信した。

 

とは言いつつ、色々な人生があるし、性格って中々直せないから、自分が移動するしか無いんだよなあと諦めにも似た想いもある。

 

アクアさんが、気の使える優しい人で構成される職場を早く見つけられますように。と年下ながら生意気にも引用記事を書いてしまいました。

第157回直木賞受賞「月の満ち欠け」を読んだ

2017年度直木賞を受賞した「月の満ち欠け」を読んだので書評を。

 


「月の満ち欠け」というタイトルは、物語の中で明かされるように人の生まれ変わりを表している。この小説では1人の女性の生まれ変わりを軸に据えているんだけど、彼女は3度の生まれ変わりを経て最愛の男性と再会を果たす。

 

小説の書き出しは現代、東京のカフェから始まる。テーブルには3人の役者。1人は主人公。もう2人は母親と娘。娘は3度目の生まれ変わりを果たした「瑠璃」という女性で、母親は事情を完全に理解している。3人は瑠璃の最愛の男性である三角(みすみ)という男性が現れるのを待っているという構図。

この時点で瑠璃と三角は再会を果たしていて、物語は主人公への解説という形で展開していく。主人公は、瑠璃が1度目の生まれ変わりを果たした時の父親で、物語の一部分にしか関わっていなかった。

カフェでの会話があり、過去の回想が始まる。回想が終わると、またカフェの会話、そしてまた回想といった構想。瑠璃という少女が生まれ変わりの張本人であることは明らかなんだけど、彼女が辿ってきた過去が驚くほどの没入感を伴って回想という形で詳らかにされていく。この回想がまたすごい。最初にこの現代→回想→現代…という構図が見えた時、正直なところ疲労感があった。早く先に進みたいから、回想パートは冗長に感じてしまった。でもそんな疲労感はすぐに忘れ去られてしまう。特に、生まれ変わる前の瑠璃と三角のパートは凄い。高田馬場のレンタルビデオ屋で働いていた三角。気まぐれに立ち寄った瑠璃。幾度かの再会を経て、深みにハマっていく二人。数十年前の時代の匂いが確かに感じられる描写力。そして瑠璃が突然の死を遂げて回想が一段落。ここで読者は一気に現代パートへと引き戻されてしまう。そしてまた回想が始まる予感に、先刻とは全く違う感情が湧いていることに気がつく。

 

「もっと浸っていたい」

 

この作者がコンパクトに実現させてしまう世界観に没入したい。そしてその世界観は生まれ変わりという軸を保ちつつ、少しずつ全容を見せていく。

瑠璃の決して幸せではなかった結婚時代の回想。瑠璃を失って、堕ち、だけどまた這い上がってくる元夫の半生。

「点」である一つ一つの濃密な回想が、瑠璃の生まれ変わりという軸に沿って「線」になって行く様は見事。そうして幾度かの「問わず語り」を経て、物語は終局を迎える。線で結ばれた先にある瑠璃と三角の再会が読者にもたらす感慨たるや…!

 

ただし上述の通り、瑠璃と三角は物語の主人公ではないので、ここでどれだけ感動できるかは読者の読解力に依存しているような気もしてしまった。3度の生まれ変わりの中ですれ違う瑠璃と三角の様子はたしかに、もっと強く描かれてもいいかもしれないと思った。最初の生まれ変わりで瑠璃は三角に電話をかける。自分が生まれ変わりを果たしてまた再会したいことを伝えると、三角からは「それで?」と冷たくあしらわれてしまう。いくら年月が経っているからって、ちょっと冷酷すぎじゃないの…と引いてしまった。そんな三角が3度目の生まれ変わりでは再会を受け入れたんだけど、その心象の変化があまり理解できなかった。

 

だけど「月の満ち欠け」は単なる「時と命を越えたラブストーリー」なんて陳腐なものではなくて(映画化されたらそうなりそうだけど)、その過程で描かれる「問わず語り」の圧倒的な没入感・現実感が「売り」なのだと思ったし、文芸界の賞を冠するに値する作品なのだと納得感があった。

 

本を読んでくれてありがとう

ゲイブログ仲間の神原さん(と呼んでいいのかな?)が、僕のブログで紹介した本を読んでくれた。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

「箱の中」という本は、僕が主催している読書会の課題本だった。

まさか、ブログ仲間の人が読んでくれるとは…!意外な嬉しさだったので、ついこうしてブログに書いてしまっている。

 

更に言うと僕はこの本を読んだ時、主人公を神原さんに重ねてしまっていた。実際に会ったことはないから、完全な僕のイメージでしか無いんだけど。なんとなく、神原さんはこういう人なんじゃないかなあと思いながら読んでしまっていた。

この小説の主人公は至って「普通」の人なんだけど、どこか芯が通ったところがあって、それでいて思い悩む部分もある。神原さんのブログから察せられる人物像ととてもマッチしてしまった。

 

だからこそ、まさか当人がこの小説を読むのが面白くて、ありがとうという気持ちでした。

 

ちなみに、読書会の過去の課題本は、以下のページで見られます。

 

gays-who-read.herokuapp.com

 

ゲイブログのお仲間さん(1)

前回書いた記事について、

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

お返事の記事をいただいた。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

さらにその後、続編まで書いていただいてしまった。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

はてなでブログを始めて、そして「ゲイブログ」グループを作成して以来、こんなにも言及されたのは初めてだった。

 

hatenablog.com

 

僕は普段、他のゲイブログに言及することは少ない。グループを作成しておいてアレだけど…。

だけど、時間が経つにつれて面白いブログが増えてきている。特に、仕事・暮らし・経験・過去・人生について書いているブログは面白い。誰でも書けるような内容ではなく、その人個人だからこそ書けるようなブログが良い。文章から人生を垣間見ることができるようなブログが僕は好きだ。

だから、徐々に他のブログに言及していこうかなと思っている。せっかくのゲイブログ仲間だし!

 

その一歩として、お返事へのお返事を書いてみる。以下の記事に対して。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

もともとサイトを始めるにあたって、「はてなブログ」を選択したのも、「はてなブックマーク」のランキングでchuckさんの記事を読んでからだった。同性愛者としての先駆者がいる方が書きやすいと思って「はてなブログ」を選択した。ゲイ関連をテーマにして「はてなブログ」で書いている人が何人かいるけど、chuckさんは中心の一人だと思っている。

 

僕は中心人物では無いと思うけど笑、誰かの選択に影響を及ぼせたなら光栄なことだと思う。

 

ボクは業務系のパッケージソフトを開発していて、同じシステム業界でもchuckさんとはかなり違う分野に属すると思うけど、chuckさんとはシステム業界で働いている点も同じだった。

 

 IT業界は細分化されている。僕が働いているのはweb系という世界で、いわゆるGoogleやFacebookに代表されるような世界。基本的には私服での勤務だし、出勤時間は緩い。それとメールを使う機会はほとんどない。「マナー・常識・根性」とは間逆で「能力・発想・効率」みたいな世界かもしれない。

業務系のパッケージソフトの開発、みたいな世界は別世界に感じてしまうし、そういう世界でやっていけていることに尊敬の念を感じてしまう。

 

 chuckさんが働くことや生き方について悩んでいるのを見て、ボクもchuckさんの記事にコメントしようとした。でも先に真剣な励ましのコメントは沢山書かれていた。
 ボクにとってできることは何だろう……
 そう考えてみたけど、ボクにできることは、今まで通りに、このサイトであくまで一人の同性愛者としての生き方をコツコツと書いていくしかないと思った。


僕は鈍感だから、まさかそんな気持ちで記事を書いてくださっていたなんて!まったく気づかなかった。 

改めて読み直してみると、また違った感慨が湧いてきてしまった。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

この方(なんとお呼びすればいいんだろう…?笑)は、更新ペースがめちゃめちゃ早いから、いつも通りの連載の1つだと思っていた。それがまさか自分へのメッセージだったなんて…。

誰かから陰ながら応援されることほど、嬉しいことはない。

 

せっかくなので「ゲイとして生きる君へ」のイチオシ連載を勝手に言及してみる。

自分が夢中になってしまったのが、何と言っても以下の連載。

 

mituteru66.hatenablog.com


 

初めて出会い系の掲示板に書き込んで、実際に出会うまでの様子が書かれている。

 

もうね、共感しまくり。

 

 公園前で待っていると、夜中なのにランニングをしている人や犬の散歩をしている人が目についた。


「この人かな?それともあの人かな?」


 ボクは目の前を人が通り過ぎるたびに、メールの相手が来たのかと思って注意して見ていた。

 

同性愛者の友達が欲しい<4> - ゲイとして生きる君へ

 

僕もゲイとの初めての出会いは掲示板だったから自分のことのように読んでいた。

 

「こんな姿で驚いた?」


 ボクの気持ちを見透かしているかのようにその人は言った。


「そうですね・・・少し驚きました」


 実際にはかなり驚いていたのだが、面と向かって言うわけにはいかなかった。その人に出会うまで、頭の中には色々な相手のイメージがあった。自分の好きなタイプの外見だったらいいなとか妄想していた。でも女装をしていることは想定外だった。メール相手の人はボクの姿を上から下まで目で追いながら言った。

 

同性愛者の友達が欲しい<5> - ゲイとして生きる君へ

 

まさかの初めての相手が女装をしている方だったという…。

出会いの後の描写もすごい。基本的にこの方の描写力はすごい。

 

ハッテン場の体験談も面白い。

 

 

mituteru66.hatenablog.com

 

自分が全く経験していないことなのに、とてもリアルで没頭してしまった。これぞブログの醍醐味…。ちょっとした小説の連載を読んでいる気分になってしまった。

 

 

手短ですが、「ゲイとして生きる君へ」について言及してみました。これからも更新が楽しみです。

ゲイブログカテゴリの皆さんともちょっとずつ絡んでいけたらいいですね。

 

ふつうのゲイなんていない

以下の記事に共感した。

 

mituteru66.hatenablog.com

 

このブログは僕が更新を楽しみにしているブログの1つ。このブログはきっとそのうち書籍化されるんだろうなという予感を持っているんだけど、ついに共感して記事を書くまでに至ってしまった。

 

 


 

自分がモテないゲイだと自覚したのは、大学1年の頃だったと思う。

大学のLGBTサークルに参加して、周りとの違いをまざまざと見せつけられてしまった。同期のゲイは2丁目に飛び出すことにためらいが無く、行ったら行ったで何かしらの「楽しいこと」に出会うような人たちだった。当然、サークル内で付き合い始める人もいたんだけど、僕はついにその恩恵に預かることは無かった。

それが僕のゲイとしてのデビュー。自分はノリが悪くて、話がヘタで、全くモテるタイプでは無いのだと、楽しいはずだった大学生活で自覚させられてしまった。

 

それ以降、僕はゲイ界隈というものに全く納得ができないまま今に至っている。

 

例えばサークルの会場として利用しているフリースペースがある。それは2丁目の中にあって、基本的には誰でも使える。

フリースペースの壁には大量のフライヤーが貼られている。モデルの露出が少ない「一般」のフライヤーもあれば、そうでないものもある。

 

純粋に「なぜ」と思う。当然のように掲げられているエロティックなチラシ・フライヤー・ポスター。

もはやゲイであることは性行為とイコールではない。ゲイを隠しながら社会的には女性と関係を持って、限定された時間・場所で男と関わりを持つ。そんな旧習を踏襲する必要はもう無いと思うんだけど。

性行為やセクシュアルなことは、ゲイであることの一部分でしか無い。

 

だから違和感がある。性的なものを当然のように前面に押し出して、そして見た目偏向な2丁目やゲイ界隈にはずっと違和感がある。そのことに無自覚になったら終わりだと思いながら過ごしている。

もちろん、それが辿ってきた歴史は理解しているつもりだし、即座に切り替わることはできない。僕は今が過渡期だと信じて、自分の過ごしやすい時代が来ることを待っている。

もっと包括的な、ゲイであることの全てを前提としたような街・場所・コミュニティが増えることを願っている。

 

そしてその一助となればいいなと思って、このブログを書いている。

 

これは冒頭の記事からの引用。 

語弊があるかもしれないけど、同性愛者の人たちって、この本に書かれているような綺麗な人生を歩んでいるのだろうか? 

ボクの知っている同性愛者の人たちは、本に書かれていたような明るくて前向きな人生を歩んでいる人はいない。同性愛者って……もっと人には言えないような隠された部分が沢山あるものだと思った。

残念ながら「ボクの彼氏はどこにいる」は未読だ。

だけどこの作者は出版をして議員になるくらいだから、この時代にマッチしているんだろうなと思う。羨ましい限りだ。

 

だけど卑屈になったら終わりだ。この世にふつうのゲイなんていない。たまに「ふつうのゲイ」であることを自称して活動している人を見かけるけど、僕からすればどこが普通なんだろうと思ってしまう。

そういう現代における「ふつうのゲイ」に違和感があるのなら、主張し続けるしかない。こんなゲイもいるんだという事を、なんとかして伝え続けるしかない。

 

重ね重ねになってしまうけど、そう言った理由で僕はブログを書いています。そして決して個々人の生き方を否定するつもりはなく、そこに偏りがあるということを強く感じています。