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ちょっとマジメなゲイが書くブログ

「究極の孤独を味わう」

テレフォン人生相談というラジオ番組が好きで、基本的には毎日聴いているんだけど、今日の放送はなんだか不思議な気持ちになってしまった。心にスッと入ってきたものの正体が良く分からないままなのでブログに書いてみる。

 

www.youtube.com

 

相談者は53歳の無職の男性。「これからどうやって生きていったらいいか分からない」という相談内容。

相談者は何度も会社を辞めていて、「いっそ死んでしまった方が良いのではないか」という心境にまで至ってしまっている。自分に対する怒りや失望があるという相談内容は、少しだけ共感してしまう。

 

ここからはマドモアゼル・愛先生との対話を引用。

先生「あなたが今どんなに虚しいのかは、自殺したいくほどなんだから、よくわかりました。ただ、あなたがまだやっていない一つのことがあるんです。それはなんだと思いますか?」

 

先生「虚しさを徹底的に味わったことってありますか?」

相談者「…。」

先生「無いと思うよ。あれば自殺したいなんて言い出さないから。不幸のどん底に、不幸を徹底的に味わった人は、もう不幸だかなんだかわからなくなる。」

 

先生「あなたが世界の誰からも認められない。誰からも愛されない。誰からも覚えてもらえない。この究極の孤独を一回味わってみてみなさいよ。」

相談者「どうすれば?」

先生「味わうのよ。その通り。言葉にも出さず。でも、その苦しい思いの何か、その言語にもならない押し寄せてくる感覚ってあるじゃない。それを味わうのよ。毎晩。来る度に味わってみる。これをやっていない」

 

先生「しかし、全てに救いの仕組みがある。それが自分の人生、定められた人生だとしたら、それを味わって確認するしか無い。徹底的に、誰からも認められないで、何一つ喜びがない人生というのが世の中にはあって、それがたまたま俺が得たもので、俺にしか味わえないものとして味わった時、人生に何の上下も高低もないことを、人は分かるようになっている。」 

 

相談者「でも、確かに人の一生に勝ち負けは無いとは思っています。」

先生「勝ち負けも上下もない。ただ、自分の人生のテーマを味わえなかった人は敗北者です。」 

 

マドモアゼル愛先生の力のある語り口調に、何故か分からないけど泣きそうになってしまった。

人生を味わう。なんて大切なことなんだろう。そんなこと、ずっと知らずに生きてきてしまった。忘れたくない。でも、あまりに抽象的で、大きな話で、どう抱えて良いのか分からずに持て余してしまっている。

ファルコンさんと会った

年始にファルコンさんと会った。

 

falconpeace.hateblo.jp

 

ブログを通じて人と会うのは本当に久しぶりで新鮮だったし、共通点の多さにビックリもした。

 

そもそも、コードを書く仕事をしているゲイは意外と少ない。IT業界で働いている人なら何人も会ってきたけど、実際にコードを書くことで食べている人に会ったのはこれで2, 3度目かもしれない。

しかもファルコンさんは単なるコーダーではない。学生起業をして、海外での勤務経験があって、いくつかの言語やツールに精通している。たくさん聞きたいことがあったような気がするけど、あっと言う間に時間が過ぎてしまった。

 

また会えたらいいなと思う。

 

土曜日にはチャックさん(id:chuck0523)にお会いした。

チャックさんとは会って食事+コーヒーを飲んで、その後ちょっと時間会ったので、公園をブラブラしたりして、今までの事そしてこれからのこととか話をきいてお互いのこと喋って、同じ業界だし海外志向も似てたりして、でも自分よりも若いのに凄い考え方がしっかりしてるなぁって感じました。

 

falconpeace.hateblo.jp

 

先を越されてしまった。これからも更新が楽しみ。

ゲイの居場所とは何なのか(1)

ゲイの読書会を設立して半年以上が経った。イベントの開催回数は10回を超えた。

 

gays-who-read.herokuapp.com

 

本を読むゲイの会の理念は至ってシンプル。

  1. 本を読むこと
  2. 本の感想をシェアすること
  3. 文化系のゲイの居場所を提供すること

これらの3つの理念は設立当初から持ち続けてきたものだし、メンバーにも共有されていると思う。

特に1と2については既にある程度は実現できていると思う。

「普段は読まない本を読めた」

「本を読む習慣がついた」

「人の感想を聞けて面白い」

そういった良いフィードバックをもらえている。後は、手法についてヒアリングをして試行錯誤をしてブラッシュアップしていくのみだと思っている。

 

一方で、3の居場所についてはどうだろうか。

複数の人からは「読書会で居場所感を持てている」という感想を貰った。それは僕自身も感じていることだし、素直に嬉しい。だけど、皆そう感じてくれているんだろうか。

居場所というのは主観的なもので、数値化が難しい。個々人が勝手に感じるものだから、僕は「小さな政府」的に場所を提供しさえすれば良いのかなと考えていたんだけど。少なくとも、どれほどの居場所感を持ってくれているのか、もっと居場所感を持てるためにはどういった改善ポイントがあるのかをヒアリングするべきかもと思い直した。

 

じゃあ、ヒアリングを実施する前に、そもそも居場所とは何なのか。そしてゲイにとっての、あるいは文化系のゲイにとっての居場所とは何なのか。

 

wikipedia(出典: 広辞苑)によると、居場所の定義とは。

居場所(いばしょ)とは、居るところ、また、座るところのことであり、自分が存在する場所のことである。自分の持っている能力を一番発揮できる分野を指すこともある。

居場所 - Wikipedia

 

案外シンプルだった。能力に関しての言及は予想外だったし、心に関する言葉ではないのだということが意外だった。ちなみに他の出典も似たり寄ったり。

 

ここで少し考えてみると「文化系の」という前置きは要らない気がしてきた。「読書会」で「文化系のゲイの居場所を提供する」というのは重複感がある。会の活動として「本を読んで、本の感想を話す」ということをやっているのだから、そこには「文化系」の要素は既にある。それに「文化系のゲイ」でなくとも、本を読んで感想をシェアできるなら参加が可能であるべきだと思う。

僕が読書会を作った動機の1つが「存在していなかったから」というのがある。ゲイのサークルというと、草野球・バレー・楽団あたりは目にすれど、読書をキーにしたゲイのサークルは無かった。少なくともネットで調べた限りでは。

そういう意味で「文化系の」という前置きをしたんだけど、今にして思えば不要だったかもしれない。

 

ということは「読書会」が「ゲイの居場所を提供する」とはつまり、

本を読み、本の感想をシェアすること

を通じて、

男性同性愛者

に対して、

居るところ、また、座るところのことであり、自分が存在する場所のこと、あるいは自分の持っている能力を一番発揮できる分野を

提供する。ということになりそう。

読書会のメンバーが「能力を一番発揮できている」かどうかは置いておいて、供給サイドとしてはもう実現できている…?

 

これが僕が本当に実現したかったこと?

その意図はもっと「参加した人が笑顔になる」とか「参加者にとって友だちづくりの場になる」とかそういうことじゃなかったっけ?

結果的には運良くそういうことは実現できているけど、長い目で見たら、きちんと理念や規約に盛り込んだ方が良い。でも、そういうことを明文化するのは難しい…。

 

ということで、やはりメンバーへのヒアリングはしておこうと思った次第でした。

ブログ記事としては結論のない中途半端なものになってしまったけど、ここらで。続報書きます。

 

ちなみに、Googleで「ゲイ 居場所」と検索すると読書会のサイトが2番目にヒットする。(2018/01/05 時点)

これは応募が多かったのも納得。だからこそ、もっと「ゲイの居場所」ということについて熟考していきたい。

人格を良くする

2017年の振り返りをしようと思いつつ、気がついたら年が明けてしまった。去年の振り返りをしつつ、今年をどのようの過ごしたいのか書いていこうかな。

ちなみにタイトルはざっくりしているけど今年の目標。

 

2017年は人生における転換期のような年だった。

まずは以前勤めていた会社を退職して、フリーランスのような業態になった。それから働き方を活かして海外で過ごした。生まれて初めての海外。今思い出してもドキドキしてくる…!このドキドキがいつまで続くのか分からないけど、これがあるうちは仕事と今の生活に真剣に向き合っていける気がしている。

今年は上手く有給を使って2,3回は海外旅行に行きたいなと思っている。

 

それから春になって日本に帰ってきた。当時の心境は、過去のブログ記事に説明を譲ってしまう。

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

帰国してからは、また会社員生活に戻った。会社員には復帰したけど、念願だったグローバルなチームでの就労を手に入れた。5年前に始めた英語の勉強と3年前に始めたプログラミングの勉強が、職歴という確固たる形で実を結んだ。よしよし。

相変わらず英語は下手くそで、半年前に書いた自分のコードがビックリするほど残念に見えることもあるけど、なんとか元気でやれています。

 

それからプライベートでも新しいことがあった。

帰国して間もなくゲイの読書会を作った。本が好きなゲイが書籍の感想を話し合うというシンプルなコンセプトのサークルだ。

 

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地道に活動を続けた結果、今では13人のメンバーが集まってくれた。思いのほか需要があったみたいだ。だけどある程度の人数に達したので、新規メンバーの募集は止めてしまった。

今年は歴史を積み重ねていくフェーズに入っていきたい。堅実に回数を重ねていって、文化系のゲイの居場所としての読書会を確固たるものにしたい。

 

僕自身、去年は読書会に大いに助けられた。

こういうサークルって、どんな人で構成されるのかが何よりも肝で、そういった意味では現状では大成功していると思う。読書の枠を超えて、大切な友だちが何人もできてしまった。読書会のメンバーとは飲みに行ったり、旅行に行ったり、クリスマスに集まったり、年越しをしたり、プライベートでもよく遊ぶ。去年を振り返った時に、本当に沢山の思い出を読書会からもらってしまった。

運営を手伝ったり、イベントを企画してくれるメンバーには感謝しかない。

 

プライベートと言えば、また一人暮らしを始めた。

 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

僕は今、西新宿のワンルームマンションでひっそりと暮らしている。

過去の一人暮らしではミニマリスト的な呪いから、ベッドや洗濯機なんて絶対買わない!と思っていたのに、今回はあっさり購入してしまった。

 

家具を買うということは根っこを張るということだ。読書会を始めたこともそうだけど、僕は今、人生の中で初めて根っこを張ることに寛容になりつつある。

しばらくは落ち着いて生活したい。これまでの社会人生活は少し慌ただしかった。結果的にスキルが付いて、納得のいく会社にたどり着いたから良かったけど、少し疲れてしまった。ジタバタした結果、それでも僕はまだ26歳で、大学を卒業してからまだほんの3年しか経っていないのだと思うと、人生は途方もなく長い。そしてこの長い人生の中で何をするにしても、僕は今根っこを張る時期に差し掛かったのだと思い至った。10年先に何をするにしろ、もっとスキルがあった方が良いし、貯金があった方が良いし、人ととの繋がりも多いほうが良い。そういったことに腰を据えて投資する時期として、2018年を考えている。

 

さて、タイトルの「人格を良くする」だけど。

最初の転職が決まった時、退職日に社長との面談があった。その会社は僕にとってはあまりマッチする会社ではなかったし、IT開発の基礎を学ばせてもらったから1年間の就労の末に去ってしまったことには今でも全く後悔はしていない。それでも…!社長から言われたことはずっと頭の中にリフレインしている。

 

「お前はもっと人格を磨いたほうがいいよ。もっと人との付き合いを大切にして、笑って明るく」

 

当時60歳の社長が、僕の全てを知っていたとは到底思わないけど、この言葉はずっと頭に残っている。日常生活の中でコミュニケーションが上手く行かなかった日の帰り道には、必ずその引き出しを開けてその言葉を確認してしまう。この3年間、そういうことが絶え間なく続いている。

 

もっと人格を磨くべきだと切に感じる毎日を送っている。

泥にまみれていた頃は(初期のブログ記事参照)、人との関わり方なんて気にする必要なかったんだけど、3年の社会人生活の中で僕の周りにいる人たちはすっかり変わってしまった。

会社の話になってしまうけど、同僚はすごい。イライラしない。分かるまで説明してくれる。変化に気づいて褒めてくれる。こちらがミスをすることを想定した上で、対処法まで用意してくれている。そして何より、場の空気を壊すようなネガティブなことは絶対には言わない。

僕はいまだに「やらかす」。

 

これとか。 

chuck0523.hatenadiary.jp

 

他にも、言わなくて良いことを口走ってしまう。書かなくて良いことを書いてしまう。

去年の最大のミスはチーム内チャットで起こった。

 

その日は僕らの作っている社内システムが、社内の上層部の方々にお披露目になる日だった。僕らはその日を「Judgement Day(ジャッジメント・デイ)」と称してハラハラしていた。

なんとなしにチームリーダーがチャットでランチの話題を出した。僕は深く考えもせずに、ダ・ヴィンチの最後の晩餐の画像をチャットに貼った。なぜそんなことをしてしまったのだろう。面白いと思ってやったんだろうけど、完全にやらかした。

そもそもグローバルなチームで宗教的な話は避けた方が無難だし、最後の晩餐の結末を考えれば絶対にその日のチャットの内容としてはそぐわないのに、貼ってしまった。

普通に「ランチ行ってきます」とか「お披露目が上手く行きますように(絵文字)」とかでいいじゃない…。

普通の会社員はそんなことはしない。そんなリスクを犯さない。計算してやらないのではなく、そもそもそういうことをやる発想がない。

 

大人は基本的には忙しいからそんなことはイチイチ覚えていないんだけど、そういうことの積み重ねで人の評価って決まっていくから、本当に気をつけなければいけないんだけど。

僕はいまだに他の人が絶対にしないような「やらかし」をしてしまう。

 

会社では求められる人格のハードルが高いけど、読書会でも時々ハラハラしてしまうことがある。ああ、今のは失言だったかも!とヒヤッとすることが有る。

 

時々、自分だけ異物のように感じてしまう時がある。これは人生の中で度々感じてきたことではあるけど。

確かに、これまでの社会人生活でスキルは付いた。外国人と一緒にコードを書いてお金をもらう程度には成長できた。だけど、核の部分がまだ未熟だと感じてしまうことがある。そしてその核の部分が人格というもので、僕がこれから長い時間をかけて磨くべきものなのだと思う。

まだまだ会社員生活は続けていきたいし、せっかく作った居場所を失うこともしたくないので、今年の目標は「人格を良くする」ことです。知り合いに話したら「20歳を超えたら性格は変わらないよ」なんて笑われてしまったけど、やらない努力よりはやる努力。少しずつ模索していくよ。

 

というわけで、今年もよろしくお願いします。

本当は書きたいことがたくさんあるから、今年はもう少しずつブログを書く時間を作って行きたい。というのも今年の目標かもしれない。

恩田陸の初期作「ネバーランド」を読んだ

好きな作家を聞かれると困ってしまう。

でも、強いて言うなら恩田陸が好きかもしれない。中学生の頃に「光の帝国」を読んで以来、5, 6冊を読んできた。どれも読みやすかったし、とりわけ直木賞を受賞した「蜂蜜と遠雷」は素晴らしかった。

そういうわけで恩田陸への理解をもっと深めるために、初期の作品である「ネバーランド」を読んでみた。

  

 

舞台は、伝統ある男子校の寮「松籟館」。冬休みを迎え多くが帰省していく中、事情を抱えた4人の少年が居残りを決めた。ひとけのない古い寮で、4人だけの自由で孤独な休暇がはじまる。そしてイブの晩の「告白」ゲームをきっかけに起きる事件。日を追うごとに深まる「謎」。やがて、それぞれが隠していた「秘密」が明らかになってゆく。驚きと感動に満ちた7日間を描く青春グラフィティ。

 

実家に帰らずに寮で年末年始を過ごす、4人の高校生のお話。と聞くと、あらすじにある通りの「青春グラフィティ」だと予感してしまうけど、実際にはもう少しシリアスなお話。

 

実家に帰省しない彼らは少しだけ「ワケアリ」で、寮での共同生活を通して問わず語りを始めていく。彼らが語る各々の家族の「悲劇」は、読んでいてちょっとだけ青臭い。お互いに触れられたくないはずの過去は、いつもとは違う寮の雰囲気も手伝って、飾られること無く明かされていく。

 

進学校に通うエリートの彼らが当然のように、喫煙・飲酒をする描写はいかにも青いというか、まるで少女漫画のようだと思った。当然のようにキャラクター達は美形として描かれているし。

 

それでも、少年たちを中心とした問わず語りの空気感は見事。ゆっくりと時間が流れていくあの年末年始の空気感、そして少年たちが語る剥き出しのままの過去の告白。それらの塩梅はなんとも適切。

読み始めにはつい会話と描写の青臭さに照れくさくなってしまったけど、物語の後半にはすっかり空気感に浸ってしまってしまった。

 

初期の作品らしい未完成らしさがありつつも、既に恩田陸の魅力が現れている良作でした。